あゝ新宿 夢路をさへに人は咎めじ
新宿駅の東南口を出て、パチンコ屋がある通りを抜けたところに、小さな映画館がある。
いわゆるミニシアターなのだが、比較的新しく、館内は清潔さが保たれている。
座席は少ないがスクリーンはしっかりと大きく、こじんまりとした映画館ながら十二分に映画を楽しめる点も魅力である。
私は映画通ではないが、映画好きではある。そのため、東京の大学に通っていた頃は、よく足を運んだものだった。
この映画館は、メジャーではない作品、特定の監督やシリーズを特集した企画上映が特徴的だ。
事前に下調べをして観に行くこともあれば、ふらっと立ち寄って新しい出会いに期待したりもする。ふと観た作品が、とてもハートフルで今でも心に残っていたりと、思いがけない出会いも待っている。
以前、この映画館に、ゴダールの「気狂いピエロ」という映画を観に行ったことがあった。
ゴダールのことをよく知らなかったが、重いんだかなんだかよく分からないストーリーの中で、色彩の鮮やかさと役者の爽快さが印象的だった。
なによりも、時代を経てこうしてスクリーンで観られることに感動した。自分が生まれる前の作品をスクリーンで見ることができるという経験は、ミニシアターならではのものといえるであろう。
経験してもいない当時の観客に想いを馳せて、ノスタルジックな気分に浸ることができる。
ミニシアターを後にして、そのまま新宿三丁目方面まで歩くと、新宿御苑がある。
ささやかな入園料を支払い中に入ると、広大な緑の世界が待っている。自然豊かだが、草木はしっかりと手入れがなされ、確かな秩序が存在する。
四季折々の草花に触れることができる御苑は、まさに都会の中のオアシスという言葉がふさわしい。暖かくなってくると、緑の芝生のそこかしこに黄色い菜の花が顔を出し、訪れた人の心を癒してくれる。
歩くのが好きな人は、歴史札や東屋をゆっくりと巡るのも良いかもしれない。
最先端の街でいにしえの時代に触れる贅沢と幸福感を味わえるだろう。
そんなミニシアターも御苑も、いまは時期が悪い。心身の安全の前には、娯楽の優先度は一歩後退せざるを得ないのである。
長い冬が明けるのを待つ野生動物のように、ウイルスの脅威がいつか落ち着くことを信じて粘り強く生活していくほかはない。
そんな毎日で心が窮屈になってしまった夜は、ミニシアターで貰っておいたゴダールのチラシと、何年か前に御苑で撮った写真を枕元にお置いて眠ってみるのはどうだろう。
また昔のように、気兼ねなく新宿を散歩することができるかもしれない。
夢の中でなら、外出を咎められることもないのであろうから。