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【感想】映画『ロープ(Rope)』:ヒッチコックとアメリカ中流階級と超人思想

 

1.はじめに

 『ロープ』は、1948年にアメリカで製作されたアルフレッド・ヒッチコック監督作品です。ジャンルは、実在の誘拐殺人事件を元にしたミステリー・サスペンスです。

 シナリオのテーマの一つであるニーチェの超人思想の表現も興味深いですが、ヒッチコックによる初のカラー作品かつワンシーン・ワンカットの手法の試みという点も本作の見所の一つ。とはいえ、内容も当然面白いものとなっており、撮影技法等について疎い自分でも大いに楽しめました。

 

2.クローズド・倒叙ミステリーの妙

 あらすじは、フィリップとブランドンという青年二人が、アパートの1室でかつての学友デイビッドを絞殺した後、犯行現場のその部屋で知人を招いてパーティーを開いたところ、招待客の一人である昔の教官はそのパーティーに違和感を抱く…といった内容。

 構成は、冒頭で事件が起こり、登場人物の一人が事件を明らかにしていく、という倒叙形式。コロンボ古畑任三郎ですっかりお馴染み。

 話の展開は、クローズドな空間での会話が中心。また、ワンシーン・ワンカットということで部屋以外の余計な描写は入らないものの、リビングからキッチン、玄関への横移動や登場人物の顔のアップなどを織り交ぜることで視聴者を飽きさせない映像となっています。

 閉鎖空間での倒叙ミステリーは、登場人物も犯行もすべて画面に表れているため、犯人推理以外の部分を楽しむこととなります。

 すなわち、犯人は今出ている登場人物の誰からどのように追い詰められるのか、登場人物達はクライマックスやそれまでの過程においてどのように行動し発言し思考するのか、これらをどのように描写してくれるのか、などの点です。これは映画でも小説でも同様でしょう。

 本作では、こうしたクローズド・倒叙ミステリーならではの楽しみを大いに味わうことができました。

 

3.名優の演技

 なんといっても、ブランドン達のかつての寮の監督であり先生であったルパートを演じるジェームズ・ステュアートが渋くて格好良かった。この方は、『裏窓』ほかヒッチコック作品に4作品出演されています。すらりとした長身とよく響く低い声、穏やかで繊細な表情は、この映画の格を一段押し上げている気がします。

 特に、かつての教え子の精神の歪みに対して、怒りや失望、悲しみといった感情のすべてをぶつけて全力で諭すクライマックスはとても胸を打つものがありました。

 また、ブランドン役のジョン・ドールの演技も光ります。インテリであり自由奔放であり弁が立ち尊大であるブランドンを最大限に表現しています。本作では視線誘導や展開先導はブランドンが担っていましたが、舞台出身俳優ということもありその所作はメリハリがあって観やすかったです。この終始自信たっぷりな演技が見事であるからこそ、ラストにルパートに詰め寄られる時の狼狽した様子がより引き立つのでしょう。

 また登場人物たちは全員身なりが良いです。パーティーということもありますが、アパートは高層ビルを眺める位置にあることやソファー等の装飾などから普段から良い生活を送っているであろうことが推認されます。

 あとタバコに寛容な時代ならではの喫煙描写も、タバコを吸う一連の動作が合間に挟まれることでちょうど良い”間”を与えてくれているように感じました。

 

4.超人思想

 犯行に及んだブランドンとフィリップそして先生であったルパートは、ニーチェの思想について、程度の差はあれど、肯定的なスタンスでした。

 ニーチェの思想といっても一概にまとめることはできませんが、本作では狭義の超人思想に絞っていたと思います。すなわち、法律や誰かが決めた善と悪などといった既存の価値判断の枠に囚われない超人的な人間を目指すべきではないか、といった思想です。

 この思想は解釈を誤れば危険な思想です。ブランドンとフィリップは、自分たちの自分勝手で尊大な凶行を正当化するために、ニーチェの思想を解釈を曲げて捉えていたのです。

 ブランドン達は豊かな生活を送り高度な教育を受けて育ちました。その何不自由ない生活から、いつしか自分を特別な存在だと誤解し、そこから超人思想を自分達に都合の良いように解釈してしまったのでしょう。

 本作のクライマックスでルパートは、自分たちが上の人間=超越的な人間であると勘違いしたブランドン達の行動を受けて、人間には上も下もない、全て対等な存在なのだと諭しますが、全くその通りだと思います。

 ルパートが最後は警察に委ねたように、あくまで人が人を裁くのではなく、法治国家では法が、そして社会が犯罪者を裁くのであるということを、ブランドン達は身を持って知ることとなるでしょう。

5.おわりに

 ヒッチコック監督作品の中でも、ハラハラするようなスリルや驚くような演出といったものはありませんが、個人的には好きな部類でした。また男性はジャケットを着てコートを羽織りハットを被る生活をしていた時代の映画が好きなので、その点からも満足です。

 

 

ロープ(字幕版)

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